「長刀研ぎ」を語ると題して今回で3話目となります。
「長刀研ぎ」を語る -其の壱- の過去ブログはこちら>>
「長刀研ぎ」を語る -其の弐- の過去ブログはこちら>>
万年筆の神様と呼ばれた長原宣義氏。
今でもセーラー万年筆を代表している数々の特殊ペン先を生み出した稀代の職人であり、
其の壱で取り上げたとおり、長刀研ぎは1990年代初頭に長原宣義氏の手により復活を遂げました。
そして長刀研ぎの復活に前後して、長原氏の独創的な才能は大きく花開いていき、従来にない斬新なペン先がいくつも生み出されました。
万年筆の神様と呼ばれた人物が生み出した数多くの特殊ペン先の中から、今回はクロスポイントを取り上げます。
なお、クロスポイント篇については過去資料も少なく、情報に諸説がございますので予めご了承ください。
そもそもがクロスポイントとは。
「ペンポイントがクロスしている」という、単純明快で安直ともいえるセーラーらしいネーミングです。
見た目のインパクトが大きいクロスポイントですが、その由来はセーラーの公式ページには以下記載があります。
****************************************
【クロスポイント】
ペン先端部にもう1枚張り合わせ、インク溝が十文字(クロス)に見える形状。インク含みが潤沢になり、筆記角度の左右のねじれや書き出しが常に快適な極太字幅の理に叶うペン先です。
「クロスポイント」開発の経緯
お客様からの「太く大きく、和紙にも書けるような万年筆がほしい」という声をきっかけに、長原宣義が長刀研ぎを改良する形で1990年代初頭に完成させ、その後1996年のセーラー万年筆創立85周年記念万年筆として初めて一般発売されました。
****************************************
※セーラー万年筆のあゆみによれば、1994年(平成6年)よりペンクリニックを本格的に開始とあります。
上記のように長刀研ぎを改良するかたちで完成した「クロスポイント」ですが、
セーラー以外にも制作していたメーカーがあったかも?しれません。
というのは、はるか昔にセーラーではないクロスポイントになっているペン先を画像で見たことがあるのです。
今思えば改造品である可能性もあり、確証はないのですが、VANCO(萬古)という日本のメーカーの万年筆で、金ペン先で、戦前か戦後というような古い時代だったとおぼろげに記憶しています。
画像を見たのは個人サイトで、サイトごとなくなってしまったようでもう確認がとれません。
VANCOのクロスポイントについては実物を見たことがあるわけではないので、これについては、ちょっとした小話と思って読んでいただければと思います。
ちなみにVANCOは下記画像ペンポイント(表書き:細字/裏書:太字)のような少しばかり尖った製品を製造していたメーカです。
それを踏まえるとクロスポイントを作っていても不思議ではありません。
一時、和製テレスコープという話題でマニア界隈を賑したりもしていました。
いずれにしても、メーカーの製品として「クロスポイント」を、一定量を製造販売しているのは、セーラーが世界で唯一であると思われますが、他メーカーにおいてもクロスポイントのようなペン先の構想はあったのかもしれません。
というのも、ペンポイントは製造可能な最大サイズでも2.0mm程度です。
ペンポイントを大きな塊から割っていた時代のことはわかりませんが、そもそも当時大きなペンポイントはそれだけで希少でした。
そして現代での製法においては、サイズが大きくなるほどペンポイントに鬆(内部の気泡)ができやすく、全体の組成にバラツキがでたり品質維持と成型に困難を伴います。
また大きなペンポイントを太字となるように削り出すと、大きな球から半球を切り出すような形となることから、研磨によって無駄になるペンポイントもそれに比例して増えるなどコスト的にも非効率で、極太字自体の需要も多くない点から、実際に生産されるサイズはもう少し小さくなります。
結果としてメーカー各社で製造される太字の最大サイズは、ペンポイント自体のサイズの制約を受けることとなります。
ペンポイントの鬆について、わたしが過去に聞いたことがあるのは、ペリカンで製造されていた3Bペン先を研磨をしていくと時折、中から鬆が出てくるということがあったそうです。
実際に、私の持っている研磨されたM800の3Bペン先にも鬆のような穴が開いています。
大きなペンポイントを削るというのは、リスクでもあるといえます。
ペンポイント自体を製造しているのは、現在は世界でパイロット社とヘレウス社の2社のみです。
パイロット社のホームページでの記載では、
「φ1mm前後の微小球を作製でき」
「イリドスミン1gから、小さいものは260個、大きいものは20個ほど製球できます。」
と記載があります。
趣味の文具箱に42号の45ページに具体的なサイズの記載では、
「現在パイロットでは6段階の大きさでイリドスミン球を製造している。
写真右上、一番大きいものは直径約1.7mmでコースやミュージックなどで使われる。
左下の一番小さいものはEFに使われるもので直径約0.7mm」
と記載がありました。
ヘレウス社のホームページでの記載では、2種のペンポイントについて製造している旨があります。
「availability: diameter: 0.60 up to 1.60 mm, tolerance: +/- 0.05 mm」
上記記載の通り、いずれも0.6mmから1.6mmの間のサイズとなります。
基本に立ち返り、太字のペンポイントの形状について見ていきましょう。
一般的に太字は細字や中字などに比べて、ペンポイント上の平面を多くとることにより、太い描線を実現しています。
丸研ぎと角研ぎの違いはありますが、特にコースニブのようにペンポイントの平面を大きく取るものは、全くペンポイントのサイズに比例した太さとなります。
ペンポイントのサイズに制約されずに字幅をより太くする方法としては、ミュージックやモンブランのシグネチャーニブのようにペン先の切割を増やすのは解決策のひとつです。
パイロットやプラチナ万年筆/ミュージック
パイロット/コース
モンブラン/BB
モンブラン/シグネチャーニブ
太字のメリットは、太い描線を実現するための大きな平面部分が、紙面に対して圧力を分散し、多くのインクが供給されることで、「ヌラヌラ」とした滑らかな書き味が実現でき、太字のペンポイントの書き味、筆跡というのは、太字独特の魅力があります。
デメリットは、ペンポイントが大きくなるほど紙面とスリットに距離ができ接しづらくなるためひねりに弱く、スリットとペンポイントの外縁に距離があることから、カスレやスキップが生じやすくなります。
またインクの使用量が大であるために、インク途切れを生ずる場合があります。
つまりは大型のペンポイントが確保できたとしても、このメリット/デメリットからは離れられず、スリットの数を増やしていったとしても、ひねりに弱いことには変わりがありません。
これは、太字を使われている方には、お分かりをいただけれるかと思います。
ともかく、ペンポイントのサイズ自体に捉われない、極太字でかつ掠れないという夢のようなペン先。
メーカー各社でもこれを実現しようという思いを持っていたのではないか…
より太い字幅を目指すのであれば、クロスポイントのような方法を他メーカーも考えていたのではないか…
わたしは想像を勝手に膨らませています。
そして、開発の経緯に書かれているお客様のご要望をここで改めて見てみましょう。
「太く大きく、和紙にも書けるような万年筆がほしい」
太字のペンポイントの特徴に真っ向から対立しているとさえいえます。
それに対して長原氏が出した答えが「クロスポイント」なのです。
それは相反する条件を一度に解決するアイデアで、太字の常識を破るものでした。
ペンポイントの自体のサイズに縛られない極太字以上の太字を実現し、潤沢なインクフローと滑らかさをもたらしたうえに、太字のデメリットを、そのクロスするスリットと長刀研ぎの組み合わせが見事に打消たのです。
「長刀研ぎ」を語るのシリーズは次回で最終回となります。
長刀研ぎ万年筆のお買い物はこちら >>
*
*
*
キングダムノートでのお買物はこちら
LINE友達登録はこちら!最も早い毎日の新着中古配信!その他、LINE限定SALEやお得情報を配信
動画にて紹介!キングダムノート公式YouTubeチャンネルはこちら
筆記具の美しい世界を写真で紹介!KINGDOM NOTE公式Instagramはこちら
毎日更新中!KINGDOM NOTE公式Twitterはこちら
—————————————-
【参考サイト】
セーラー万年筆”クロスポイント万年筆”セーラー万年筆
https://sailor.co.jp/product/10-7521/.2024年2月26日閲覧
セーラー万年筆”セーラー万年筆のあゆみ”セーラー万年筆
https://sailor.co.jp/topics/step/.2024年2月26日閲覧
パイロットコーポレーション/微細金属加工技術/パイロットコーポレーション
https://www.pilot.co.jp/core_tech/processing_tech.html.2024年2月26日閲覧
Heraeus Holding/Products for Writing Utensils/Heraeus Holding
https://heraeus.com/en/hpm/hmp_products_solutions/more_categories/writing_utensils/products_for_writing_utensils.html.2024年2月26日閲覧
【参考文献】
『趣味の文具箱 Vol.42』.枻出版社