私とご主人だけの幸福な時間はずっと続くはずだった。
あいつがこの家に来なければ・・・
頭に輝くホワイトスター。
黒光りする大きなボディー。
書き応えのありそうなペン先。
憎たらしいほど堂々とした姿。
誰もが憧れるという万年筆・・・
少し前に、ご主人のお父さんが亡くなって、
そこから引き取られてきた。
あいつが来てからというもの私の出番は減った。
特に家で手紙を書くときはあいつの出番だった。
ご主人はあいつを手にすると
懐かしそうな、ちょっと照れたような、
嬉しそうな・・コロコロいろんな表情を見せた。
正直、悔しかった。
あまりに悔しくて、
あいつに向かって「何であんたばっかり!」と怒鳴ったこともあった。
すると、あいつはいつも通りの穏やかな表情で
「お前さんにもいつか分かるよ」と、言うだけだった。
私は「分かってるわよ。あんたが有名で、
ご主人のお父さんの思い出の品だからでしょ!」と言ってやったっけ。
でも、あいつはゆっくり首を振ると、
「お前さんにも、いつか、分かるよ。」ともう一度穏やかな声で言った。
そのときの私にはさっぱり意味が分からなかった。
だけど、あいつの表情を見ていたら、それからは以前ほどの苛立ちはなくなった。
・・・あれから、ずいぶんと時が過ぎ、ご主人との別れが訪れた。
たくさんの幸せな思い出が、ある。
私はご主人の娘にもらわれることになった。
(ちなみにあいつはご主人の息子にもらわれた。)
新しいご主人は、ずいぶんと私に優しくしてくれる。
ようやく、あの時の言葉の意味が分かったような気がする。